研究紹介

 

研究方針


私の大きな研究目標は、経済システムにおいて発生する現象のメカニズムを理論的に解明し、それを制御する方法を発見することです。最終的な対象となるのは経済現象ですが、それを理解するためのアプローチは標準的な経済学の方法を用いるとは限りません。この点で多くの経済学者とは異なります。経済現象とは関係ないように見える研究対象であっても、ゆくゆくは経済現象の解析に活かせそうだと感じればどんな分野の研究でも行います。

2013年頃までの研究では、マクロモデル(主にDSGEモデル)を用いて理論的に正しい金融政策や望ましい金融政策目標は何か、といった問題に対して研究を行ってきました。これら一連の研究では、景気循環を対象とするマクロ経済学の分野では主流のアプローチを採用しています。

2013年以降は、複雑ネットワーク(あるいはネットワーク科学)と呼ばれる研究分野における解析方法を重視しています。2008年10月、アメリカでリーマン・ブラザーズが破綻したことを契機として世界的な金融危機が発生しましたが、私の研究内容もその影響を受けています。なぜ特定の金融機関が破たんしただけで全世界にまで影響が広がるのか。どうすれば破綻の連鎖が防げるのか。こうした問題に対して従来の経済学的方法で答えることは不可能です。他方で、複雑ネットワークの分野では連鎖・感染現象に関わる研究が多く蓄積されています。そうした異分野のモデルや解析方法を経済現象の分析にも応用しようというのが私の最近の試みです。

 

過去の研究紹介


銀行間の取引パターンは人間の社会的行動パターンに酷似

銀行等の金融機関は、日々変動する資金需要に対してお互いに資金を融通しあうことで調節を行っている。この現象は、銀行を頂点、資金の取引関係を枝とすることで、日次ネットワークの時系列として表現することができる。従来の研究においては、こうした日次でみた銀行間ネットワークの変化はランダムであり有益な情報は何も含まれていないと考えられていた。しかし、イタリアの銀行間取引データ (2000-2015) を用いた我々の研究 (Kobayashi and Takaguchi, arXiv 2017)では、銀行間ネットワークの日次変化にはいくつかの明確なパターンが内在することが明らかになった。

一つ目は、同じ相手との取引持続日数がべき分布に従うことである。この特徴は、従来の社会ネットワーク研究で繰り返し発見されてきた性質と極めて類似している。例えば、会議のコーヒーブレイクでは様々なペアやグループが会話を行っているわけだが、相手との会話継続時間を見てみると、実は秒の単位でべき分布に従っていることが知られている。つまり、銀行同士も我々が会話相手を探すようにして取引相手を探し、その取引相手との持続性は会話の持続性と同じ法則に従っていることになる。2つ目に、どの日においても、ネットワークの枝数 ∝ 頂点数^1.5 (1.5乗)という関係性が成立している(下図)。言い換えると、その日に取引した銀行ペアの数は、ネットワークのサイズにかかわらず市場に参加している銀行数そのものによってかなり厳格に規定される。この性質についても、携帯電話のユーザー数によって会話ペア数が規定されるという社会ネットワーク研究でよく知られた事実と酷似している。

日次銀行間ネットワーク:銀行数 (N) vs. 枝数 (M)

こうした銀行間取引ネットワークの動的パターンを説明するため、我々は簡単なネットワーク形成モデルを提示した。そのモデルでは、上記の2つのパターン以外にも現実の取引で観察されるいくつかの動的パターンをうまく再現することに成功した。本研究によって、従来は存在しないと考えられていた銀行間ネットワークの頑健な動的メカニズムが明らかになり、システミック・リスクの計測や動的なプルーデンス政策に向けた研究が大きく発展することが期待される。


ネットワーク上のつながりを効率的に遮断するアルゴリズム

世の中に存在する多様なつながりは、時には害となる場合もある。たとえば銀行破綻の連鎖は銀行間ネットワークを通じて広がるし、感染症は人的な接触ネット ワーク、コンピュータウィルスはインターネットやメールを通じて拡散する。こうした問題への対処としては、ネットワーク上のつながりを効率的に遮断するこ とが重要である。例えば接触を通じた感染の拡大を最小化するためには、ワクチンを打つことが効果的だ。しかしながら全人口にワクチンを打つことは予算や生 産の制約から不可能なため、ワクチンの接種対象となる順番を決定してやる必要がある。

コミュニティー構造を持つネットワーク

コミュニティー構造を持つネットワーク

とはいえ、頂点数がN個のネットワークでは全部でN!通りもの順序の組み合わせがあり、現実的な時間では最適な順序は求まらない(NP-困難と呼ばれる)。 そのため多くの実行可能な順位付けアルゴリズムが次善の策として提案されている。なかでもクラスタやコミュニティーが無いモデルネットワークについては非 常に効率性の高いアルゴリズムが知られている(Morone and Makse, Nature, 2015)。我々の研究ではこれを改良し、現実によく観察される「コミュニティー構造」を持つネットワークに対しても頑健なアルゴリズムを開発した (Kobayashi and Masuda, Scientific Reports, 2016)。新たなアルゴリズムは多くの実ネットワークにおいて従来のアルゴリズムを大きく上回るパフォーマンスを示し、必要なワクチンの量を大幅に節約 することが可能であることを示した。


銀行間ネットワークにおける破綻の連鎖

銀行や証券会社などの金融機関は、日々巨額の資金の貸し借りを行っている。資金の借り手から貸し手に向かってリンクを張ると、金融機関を頂点とした資金貸借ネットワークができる(リンクの向きは逆でもよい)。このとき、借り手となっている銀行が返済不能になると、その銀行に貸していた銀行は損失を受け、連鎖破綻が起こる可能性がある(1次連鎖)。さらには連鎖破綻をした銀行に貸していた銀行も損失を受けて破綻するかもしれない(2次連鎖)。こうした破綻の連鎖モデルは、実際のデータを用いたシミュレーションがしやすいこともあって盛んに利用されてきた。

優先債権(上)と劣後債権(下)で構成される多層ネットワーク

優先債権(上)と劣後債権(下)で構成される多層ネットワーク。各頂点は銀行を表し、矢印は貸出を示す。ギザギザのものは破綻した銀行を表わす。

ただし、標準的なモデルでは債権・債務の種類は1つしかないことが仮定されており、現実の経済のように返済順位が異なる多様な債務があった場合については解析されてこなかった。我々の研究(Brummitt and Kobayashi, Phys. Rev. E, 2015)では、返済順位によって債務関係のネットワーク構造が異なるような多層ネットワーク(multiplex network)モデルを構築して連鎖破綻現象を解析した。当然ながら、個々の銀行については返済が優先される債権を多く持っているほど安全性が高い。しかし市場全体でみると、実は優先債権の比率が高いほど安全とは限らない。解析の結果、全体の債権額に占める優先債権の比率が50%をやや上回るときに連鎖破綻の発生確率が最小となることが明らかになった。この結果はミクロとマクロの非整合性を表わしており、市場全体の安定性にはマクロ・プルーデンスの視点が重要であることを示唆している。

 

 

 

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